幸せはどこにあるのか?幸せは手間と隙間にあるんじゃないかと。

先日、こんな記事がアップされ、少しバズっていました。
『半日ちょっとでAmazonから荷物が届く社会は狂っている』

しかし、モノには程度ってものがあるでしょう? 個人においては「時は金なり」も悪くないかもしれませんが、全体のテンポとして「時は金なり」が徹底してしまった社会とは、どこか、時計の狂気を帯びているような気がしませんか?
そんな風に思うのは私だけですかね?
でも、江戸時代の人間どころか昭和時代の人間からみても、私達の暮らしのテンポはクレイジーにうつると思うんですよ、
「あんたら、なんでそんなに急いで暮らしているんだ?」みたいに。

上の引用が結論をまとめている通り、Amazonに限らず世の中が効率的になり過ぎているよね、という話です。

ソーシャル上でのコメントを見てみると、「技術発展していて良い、ごちゃごちゃ言うな」みたいな意見が割と多くあって、そこまで言う人がいるのも驚きだなと。
※Amazonの話に限定して少し話をすると、再配達の手間が減るそうで早く届けるシステムは配達側の負担は減っていい、という意見もあるようですよ

もちろん技術発展することは良いことで、自分も早く届くことの恩恵は日々受けているので、「遅くなれ」とまでは思っていません。
ただ、この記事の筆者も考えていることだと思うのですが、「技術発展で失われているモノがあるんじゃないか」という話です。

それは何か、一言で言うならば「幸せ」なんじゃないのかなと。
幸せってとても大きな言葉で、定義は広くなってしまうんですが、スピードがどんどん早くなっていったら、効率化が進んでいったら、失われる幸せがあると思うんです。

例えば、発売日当日に本屋にマンガを買いに行って家まで読むのを心待ちにする時間。
気になる異性からメールが返ってこないか何度も受信BOXをチェックする時間。
いつ届くか分からないプレゼントをまだかなと毎日気になって待ち、ついに届いたときの嬉しい瞬間。

手間もかかるわけで、余計な時間はないほうが効率的だけれど、この隙間の時間が幸せを大きくするんじゃないかと思います。

「プラスマイナス効果」という効果があって、マイナスからプラスになるように上げ幅が大きい方がプラスをより大きく感じるという法則で、手間も隙間もマイナスだけど、プラスを楽しむためのマイナスと言えるわけです。

もちろん、そのマイナスを切り捨てることで、Kindleでその場で新刊を買うことができるし、SNSを見れば友達の状況は簡単に分かるし、荷物が届く日も簡単に分かる幸せを得ているんだなと思います。

別にどの幸せをとるのか、はその人次第。
本屋にわざわざ行って買う幸せもあるけど、正直Kindleでぱっと買う幸せのほうが今の自分にとっては上です。
(金谷だと本屋が遠すぎるし、書籍が増えすぎると荷物が増えて幸せではないので)

技術が進歩してくれるのは嬉しいけど、遅いままでもいいかな、と思うのは多くあります。

学生の通学時間は恋愛とか友達付き合いをするときの楽しい時間なので、高速で帰ることができる移動手段はなくてもいい。
お洒落なレストランでの食事はのんびり時間をかけて食べたいから、のんびりさせてほしい。
飛行機が早くなると、機内で映画や食事をする時間が減るから、適度にのんびりしていてほしい。

他にも色々あるけれど、世の中はどんどん早くなるなかで、人間はその速度に追いつけるのか、ということもふと気になりました。

こういった都会的な速度が好きではなくて、スローライフや田舎暮らしが流行るのかな、とも思うのと、自分たちで速度を選ぶ権利があるので、文句言わずに自分で自分にあったスピードを選べば問題のない話です。

ただ「技術発展して便利で良いじゃん」で思考が止まってしまっている人は、新しい幸せを得る一方で失った幸せがあることを認識したほうがいい、と感じます。

それでは、みなさん自分にとっての幸せな1週間をお過ごしくださいー!