学生と社会人を繋ぐ形ってインターン以外にもっとなにかないものか。

ふと浮かんできた悩みというか課題。

「学生と社会人を繋ぐ形」はインターン以外になにがあるのか。

仕事のひとつとして、いわゆる人材事業のような仕事をしていて、
『学生団体へのススメ』というサイト運営をしていたり、
学生と接触する機会は比較的多いのですが、
学生と社会人を繋ぐ形としてインターン以外になにがあるのかなぁと。

そもそも出会えない

まずはじめにある課題として、社会人と出会う機会が少ないのかも、と。

企業に就職して、社会人として普通に働いていると、
学生と接触する機会は基本的には少ないのかなと思います。
というより、学生だけでなく社外の人や新しい出会いには欠けそう。

学生もバイトや大学で大人に接触する機会はあっても、
企業で働く社会人というか、自分の将来像に近い人物に会う機会は少ない気がし、
(もちろん将来なにになるか、なんて決まっていないけど)
とにかく出会える機会は少ないのかなと思いました。

前提として、学生と社会人が出会う必要があるのか、という点に関しては、
出会ったほうが楽しいと思うのが今の考え。

社会で働く、今後の人生を考えていくうえで、
年上の人と会って話すことは刺激になると思うし、
社会人の立場として学生と会って楽しいことは多いし、
この出会い/繋がりは必要かどうか、という点ではあったら楽しい、
というのが今一番ピンとくる答え。

一度会っても、継続した関係にはなりにくい

そもそもの話として、社会人や学生がもっと出会うべき!とかではなく、
単純に自分が日々出会っていく中で、
「また会えたら嬉しいな」と思うことがあるわけで、
同じようなことを思ってくれる人がいるとして、
それでも再び会うようなことになることは少ないのです。

なぜかというと会う理由がないから。

「会いたい人に会うことに理由なんていらない。」
と考えてしまえば、解決することかもしれないけれど、
実際にそう考えて実行されるイメージって湧きにくいし、
やはりなにかあるといいんじゃないかと思うのです。

具体的にどんな手段があるかというと、

  • インターンや採用のために会う
  • プライベートとして会う

一番想像しやすいのが、インターンや採用で、
「一緒に働く」という選択肢をとるのが分かりやすいけど、
インターンとして採用したいわけではないかもしれないし、
(たとえばスキルが未熟であったり、仕事との相性は微妙だったり)
学生側としてもインターンするほどの時間ややる気はないとしたら、
そもそも成り立つことは少ないはず。

じゃあ、プライベートで会えばいい、というのも若干違うような。
別に会いたければ会えばいい、ということになるけど、
それが社会人が30歳だとして、大学1年生を誘うって結構勇気いるだろうし、
別に恋愛とかではなく、単純に会うと言っても、
なんかそのハードルってかなり高そう。

その逆も同じく、年上を理由もなく誘うって大変そうだなぁと。
社会人で忙しいだろうし、声をかけたら悪いかなとも思ったり、
気楽に誘えるような想像はできないのです。

つまり、一度会って、また会いたいなーとなんとなく思ったとしても、
また会うことって今の形だと起こらないぞ、ということ。

学生/社会人という括りで考えること自体違うのかも

このことを考えたときには、
「自分=社会人、出会った人=学生」であったからこのように感じただけど、
そもそも学生や社会人という括りで考えない方がいいかも。

このことを考えているときに「旅」について考えていて、
アジアの安宿で偶然会って、面白いなーまた会いたいなーって思える人がいて、
でもお互いに別の方向に進むから分かれて、あれ?どうするんだっけ。と。

たしか連絡先を交換したり、SNSのアカウントを伝えたり、
(いざとなればFacebookで探して連絡できるんだから今はすごいなーと)
日本で再会することもあれば、別れて以来会っていない人のほうが多くて。

別に寂しいわけではなく、こんなの普通と思えば普通だけど、
そんなものなかなーと思うと、味気ないというか淡泊だなと感じるのです。

「架け橋の先にある魅力」を追求する

話を戻してみると、学生と社会人を繋ぐための解決策として、

  • 学生と社会人の交流会を開く
  • 週末プロジェクトや共同企画を行う
  • 気楽に飲み会をやる

なんてことができると思うのですが、1回で終わるというか、
ただの架け橋でしかなくて、まだ足りないという気持ちがあるのです。

架け橋とか繋がりをつくるときに考えることとして、
「架け橋の先にある魅力」を意識していて、
”世界と日本の架け橋をつくる”という想いで、
国際フェスという1つの架け橋をつくったときには、
橋の先にある「世界中の面白い文化」があって、架け橋を通して、
そういった今後楽しむ未知なる世界があるんです。
具体的には、海外旅行に行ったり、その国の料理が好きになったり、
架け橋を渡ることでなにかが生まれる、という感覚がある。

「学生と社会人の架け橋」に置き換えて考えてみたときに、
架け橋の先にある魅力ってなんだろう、と思うと、ピンとこない。

ただ架け橋をつくることはできたとしても、
架け橋の先に面白いモノがなければ、架け橋に価値はない。

(東京湾アクアラインと千葉の関係に似ているなぁ。
別に詳しいわけではないので、イメージでしかないのだけれど)

特に答えも結論もなく、ただただ書いてみる。
ということで、思考の整理でした。